東京高等裁判所 平成11年(行ケ)88号 判決 2000年5月08日
原告
三菱レイヨン株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁護士
生田哲郎
同
山田基司
被告
特許庁長官【B】
指定代理人
【C】
同
【D】
同
【E】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成8年審判第18770号事件について、平成11年1月19日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成2年6月20日、名称を「プラスチック光ファイバ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願平2-159919号)が、平成8年10月8日に拒絶査定を受けたので、同年11月6日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成8年審判第18770号事件として審理したうえ、平成11年1月19日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年2月24日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
(1) 本願明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明1」という。)の要旨
芯層/鞘層/保護層の三層構造を基本構成とするオールプラスチック光ファイバにおいて、各層形成用重合体が230℃、5kg荷重におけるメルトインデックス値(M.I)が
芯形成用重合体のM.I<鞘形成用重合体のM.I×5/9‥‥(1)
鞘形成用重合体のM.I<保護層形成用重合体のM.I×7/9‥‥(2)
なる条件を満足する重合体にて構成されており、保護層の厚みが10μm以下であることを特徴とするプラスチック光ファイバ。
(2) 本願明細書の特許請求の範囲の請求項2に記載された発明(以下「本願発明2」という。)の要旨
芯層/鞘層/保護層の三層構造を基本構成とするオールプラスチック光ファイバにおいて、各層形成用重合体が230℃、5kg荷重におけるメルトインデックス値(M.I)が
芯形成用重合体のM.I<鞘形成用重合体のM.I×5/9‥‥(1)
鞘形成用重合体のM.I<保護層形成用重合体のM.I×7/9‥‥(2)
なる条件を満足する重合体にて構成されており、鞘層の厚みと保護層の厚みとの比が1:1~1:2であることを特徴とするプラスチック光ファイバ。
(以下、本願発明1、2の要旨で規定された、230℃、5kg荷重におけるメルトインデックス値(M.I)に関する各条件式(1)に係る条件を第1条件といい、各条件式(2)に係る条件を第2条件という。)
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明1及び本願発明2が、特開昭61-240205号公報(以下「第1引用例」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明1及び本願発明2の要旨の認定、第1引用例の記載事項の認定、本願発明1と第1引用例記載の発明との相違点(1)の認定、本願発明2と第1引用例記載の発明との相違点(ⅰ)の認定は認める。
審決は、本願発明1と第1引用例記載の発明との一致点の認定及び本願発明2と第1引用例記載の発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、本願発明1と第1引用例記載の発明との相違点(1)についての判断及び本願発明2と第1引用例記載の発明との相違点(ⅰ)についての判断を誤った(取消事由2)結果、本願発明1及び本願発明2が第1引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
審決は、本願発明1と第1引用例記載の発明とが、「(1)保護層の厚みが、本件請求項1に係る発明(注、本願発明1)では、10μm以下であるのに対して、第1引用例記載のものでは、144μmである点で相違し、その余の点では一致している。」(審決書6頁12~16行)として、また、本願発明2と第1引用例記載の発明とが、「(ⅰ)鞘層の厚みと保護層の厚みとの比が、本件請求項2に係る発明(注、本願発明2)では、1:1~1:2であるのに対して、第1引用例記載のものでは、1:24である点で相違し、その余の点では一致している。」(同7頁4~8行)として、本願発明1及び本願発明2と第1引用例記載の発明とが、それぞれ第1、第2条件を満足する重合体にて構成されている点で一致すると認定した。
該一致点の認定のうち、第1引用例記載の発明において、芯形成用重合体のM.I(第1引用例の記載はMFR(メルトフローレート値)だが、本件の限りでは、M.Iと同じものと考えてよい。)と鞘形成用重合体のM.Iとの比が第1条件を充足すること、及び第1引用例中の審決の認定に係る実施例1において、鞘形成用重合体のM.Iと保護層形成用重合体のM.Iとの比が第2条件を充足することは認める。
しかしながら、本願発明1は、芯層/鞘層/保護層の三層構造を基本構成とするオールプラスチック光ファイバにおいて、「芯形成用重合体のM.Iと鞘形成用重合体のM.Iとを特定の比とすること」(第1条件)、「鞘形成用重合体のM.Iと保護層形成用重合体のM.Iとを特定の比とすること」(第2条件)、及び「保護層の厚みを10μm以下とすること」(以下「第3条件(1)」という。)の3条件を併有することにより、また、本願発明2は、第1、第2条件及び「鞘層の厚みと保護層の厚みとの比を1:1~1:2とすること」(以下「第3条件(ⅰ)」という。)の3条件を併有することにより、それぞれ光ファイバの伝送損失を低減させることを見い出し、これを発明の要旨としたものである。従前は、鞘層と保護層との界面の構造不整は、光伝送損失に関係しないと考えられていたから、第2条件及び第3条件(1)又は第3条件(ⅰ)は、当業者にとって意外な結果であった。
これに対し、第1引用例には、鞘形成用重合体のM.Iと保護層形成用重合体のM.Iとをある特定の比にして、光伝送損失の低減を図るという第2条件の技術的意義は開示も示唆もされていない。
第1引用例においても、光伝送損失低減の効果が記載されているが、その光伝送損失は、第1図に表示された芯層及び鞘層からなる2層構造の光ファイバについて測定されており、第2図に表示された芯層、鞘層及び保護層からなる3層構造の光ファイバについては、保護層の耐熱性を検証するために、115℃、500時間加熱後のものの伝送損失を測定し、これに対応する2層構造の光ファイバの伝送損失と比較しているのみであるから、第1引用例の光伝送損失低減の効果は、あくまで芯層及び鞘層からなる2層構造の光ファイバについて問題とされているにすぎない。
なお、被告は、115℃、500時間加熱の前後の伝送損失が測定されていると主張するが、それは誤りである。また、第1引用例記載の実施例及び比較例における保護層のM.Iの値は全部同一値とされている。さらに、第1引用例記載の実施例中に、第2条件を充足するものと、しないものとがあり、また、その比較例においても、第2条件を充足するものと、しないものとがある。
これらのことから、第1引用例においては、保護層のM.Iを要素とする第2条件は全く念頭に置かれていないことが明らかであって、第2条件が技術的意義を有するものとして記載されていたものではなく、第1引用例中に、第2条件を充足する実施例があることは、単なる偶然であるにすぎない。
しかして、発明に進歩性がないとするためには、単に公知技術として、当該構成自体が開示・示唆されているというだけでは足りず、当該構成の技術的意義が周知であるとか、あるいは公知技術における当該構成の技術的意義が開示・示唆されていることが必要であると解されるところ、上記第1引用例に、鞘形成用重合体のM.Iと保護層形成用重合体のM.Iとの比をある一定の値とするという技術的思想が開示・示唆されていると解することは到底できず、したがって、第1引用例に第2条件が記載されていると見ることはできない。
そうすると、審決が、本願発明1及び本願発明2と第1引用例記載の発明とが、それぞれ第2条件を満足する重合体にて構成されている点で一致すると認定したことは誤りである。
被告は、第1引用例の実施例1の光ファイバが第1、第2条件を満たす素材を使用しているのであるから、本願発明1及び本願発明2における第1条件、第2条件を満たす場合の効果は、該実施例1の光ファイバでも生じているはずであり、伝送損失の低減したものが得られていると主張するが、本願発明1及び本願発明2においては、上記のとおり、第1、第2条件及び第3条件(1)又は第3条件(ⅰ)がすべて充足される場合に、初めて伝送損失の低減したものが得られるのであり、被告の該主張は誤りである。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)
(1) 本願発明1について
審決は、本願発明1と第1引用例記載の発明との相違点(1)である「保護層の厚みが、本件請求項1に係る発明(注、本願発明1)では、10μm以下であるのに対して、第1引用例記載のものでは、144μmである点」(審決書6頁12~15行)につき、「一般に、保護層の厚みをどの程度の値とするかは、保護層の材料等によって、当業者が適宜決定できる設計的な手段に過ぎず」(同7頁9~12行)としたうえ、特開平2-25812号公報(保護層の厚み25μm、以下「周知例1」という。)、特開平2-93502号公報(同36μm、以下「周知例2」という。)、特開平1-235905号公報(同40μm、以下「周知例3」という。)、特開昭64-84205号公報(同40μm、以下「周知例4」という。)、特開昭63-113511号公報(同50μm、以下「周知例5」という。)を引用し、さらに、本願明細書(平成10年11月9日付手続補正書(甲第4号証)による補正後のもの、以下、単に「本願明細書」という。)に記載された実施例1及び比較例7、8に係る保護厚みと伝送損失との下記の関係を摘示したうえ、「保護厚みが増えるにつれて伝送損失が滑らかに増えているから、保護層の厚みを『10μm以下』にすることに格別の臨界的な意義が在るとは認め難い。」(同8頁10~13行)と判断した。
実施例1
比較例7
比較例8
保護厚み(μm)
5
15
20
伝送損失(dB/Km)
660nmの赤色LEDを発光入力源としたとき
198
231
236
650nmでのN.A.=0.65入射光としたとき
128
150
169
650nmでのN.A.=0.1入射光としたとき
120
125
132
しかしながら、周知例1~5に、各掲記の厚みのある保護層を有する光ファイバが記載されていること、本願明細書に記載された実施例1及び比較例7、8に係る保護厚みと伝送損失との関係が上記のとおりであることは認めるが、第1引用例記載の発明において、保護層の厚みを10μm以下にすること(第3条件(1))が、当業者が適宜決定できる設計的な手段にすぎないとすること、第3条件(1)に臨界的な意義がないとすることはいずれも誤りである。
すなわち、第1引用例に開示された光ファイバの保護層は、光ファイバの耐熱性の向上を目的とするものであり、そのために耐熱性樹脂である弗化ビニリデンを144μmもの厚みにしてこれを採用しているのである。そして、光ファイバの耐熱性(高温下で長時間静置後の光伝送損失の増加量)に、耐熱性樹脂である弗化ビニリデンの厚みが密接に関係することは技術常識であるから、当業者が、弗化ビニリデンの厚みを第1引用例に記載された144μmから極端に薄くし、10μm以下とすることはあり得ない。特に、第1引用例には、保護層の厚みを10μm以下にすることによって、伝送損失が改善されるという知見が全くないのであるから、耐熱性が極端に悪くなると考えられる方向に保護層の厚みを変更する試行を当業者が行うことは考えられない。また、周知例1~5には、第2条件の開示・示唆がないことはもとより、第3条件(1)に係る保護層の厚みを10μm以下にすることにより、光ファイバの伝送損失の低減を図ることができるという点の開示もない。したがって、第2条件及び第3条件(1)を併せ有することに対する契機ないし動機付けは何ら存在しないのであり、第1引用例記載の発明と周知例1~5の記載とを組み合わせることにより、本願発明1を容易に推考することは、いかなる意味においてもできるものではない。
さらに、本願明細書記載の実施例1(保護厚み5μm)と、比較例7(同15μm)との間には、光伝送損失の明らかな低下が見られる。したがって、第3条件(1)に臨界的な意義が認められるのであり、臨界的な意義がないとする審決の判断も誤りである。
加えて、審決は、保護層の厚みをどの程度の値とするかは当業者が適宜決定できるとして、第3条件(1)のみを、第1条件及び第2条件と切り離し、独立して判断しているが、上記のとおり、本願発明1は、芯層/鞘層/保護層の三層構造を基本構成とするオールプラスチック光ファイバにおいて、第1条件、第2条件及び第3条件(1)を併有することに、光伝送損失の低減を図る技術的意義を有するものであるから、審決の上記相違点(1)についての判断の手法自体が誤りである。
この点につき、被告は、本願明細書の記載を根拠として、本願発明1が、第1、第2条件の組合せによって伝送損失低減をもたらした点にその技術的意義ないし特徴を有するものであるとし、さらに、審決が本願発明1の構成の技術的意義についてのこのような理解に基づき、第1引用例に記載された第1、第2条件を備える光ファイバに、第3条件(1)を付加することが当業者にとって容易であるか否かを検討して、本願発明の進歩性の判断をしたものであると主張するが、審決は、本願発明の要旨を、本願明細書記載の特許請求の範囲と同一文言によって認定し、また、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、第3条件(1)に技術的意義がないとするような判断はしていないから、本願発明1が、第1、第2条件のみの組合せによって伝送損失低減をもたらしたというような理解に拠っているものでないことは明らかである。
確かに、本願明細書の記載上、第3条件(1)を第1、第2条件と併有することによる技術的意義や目的が明確には記載されていないが、だからといって、第3条件の技術的意義が存在しないことにはならない。発明は、その構成が示されていれば、技術的意義や目的が明確に記載されていなくても、発明として完成するのであるし、明細書の技術的意義や目的に関する記載は、発明者の主観的な認識であるにすぎず、これによって、特許性の判断に際し、発明の構成についての判断が左右されることはないのである。なお、第3条件(1)を併有させることがもたらす技術的なメカニズムについては、必ずしも明らかではないが、保護層の厚みを少なくする、つまり保護層樹脂量をより少なくすることにより、同一のM.I条件関係の下においても、保護層の存在による鞘層の紡糸の際の流動性の阻害要件、ひいては鞘層による芯層の流動性の阻害要件が緩和されて、結果として、伝送損失に影響する芯層と鞘層界面の構造不整を改善することになるのではないかと考えられる。
(2) 本願発明2について
審決は、本願発明2と第1引用例記載の発明との相違点(ⅰ)である「鞘層の厚みと保護層の厚みとの比が、本件請求項2に係る発明(注、本願発明2)では、1:1~1:2であるのに対して、第1引用例記載のものでは1:24である点」(審決書7頁4~7行)につき、「一般に、鞘層の厚みと保護層の厚みとの比をどの程度の値とするかは、鞘層や保護層の材料等によって、当業者が適宜決定できる設計的な手段に過ぎず」(同8頁14~17行)としたうえ、周知例2(鞘層の厚みと保護層の厚みとの比1:9)、周知例3(同1:4)、周知例4(同1:8)、周知例5(同1:6.3)を引用し、さらに、本願明細書に記載された実施例1及び比較例7、8に係る鞘層の厚みと保護層の厚みとの比と伝送損失との下記の関係を摘示したうえ、「当該比が増えるにつれて伝送損失が滑らかに増えているから、当該比を『1:1~1:2』にすることに格別の臨界的な意義が在るとは認め難い。」(同9頁16~19行)と判断した。
実施例1
比較例7
比較例8
鞘層の厚みと保護層の厚みとの比
1:1
1:3
1:4
伝送損失(dB/Km)
660nmの赤色LEDを発光入力源としたとき
198
231
236
650nmでのN.A.=0.65入射光としたとき
128
150
169
650nmでのN.A.=0.1入射光としたとき
120
125
132
しかしながら、このような審決の相違点(ⅰ)についての判断が誤りであることは、上記(1)の相違点(1)についての判断が誤りであることと全く同様である。
第4被告の反論の要点
審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
原告は、本願発明1が第1、第2条件及び第3条件(1)の3条件を、本願発明2が第1、第2条件及び第3条件(ⅰ)の3条件を、それぞれ併有することにより、光ファイバの伝送損失を低減させることを見い出し、これを発明の要旨としたと主張するが、本願明細書は、専ら第1条件と第2条件を満足させることで、界面での構造不整を著しく低減し、光伝送特性を改良する本願発明の目的が達成されるとし(甲第2号証8頁7行~9頁9行)、そのメカニズムについても説明している(同9頁10行~10頁11行)のであり、第3条件(1)については、光ファイバの保護厚みが実施例1~4において5μm、実施例5において10μmであることが記載されているが、その厚みと構造不整の低減や伝送特性との関係は本願明細書には全く記載がないのみならず、比較例7に、保護層の厚みを15μmに変更するほかは実施例1と同様の方法で得た光ファイバが、比較例8に、保護層の厚みを20μmに変更するほかは実施例4と同様の方法で得た光ファイバの伝送損失の値が示されているものの、第1、第2条件を満たさない光ファイバについて、保護層の厚みにより伝送損失の低減が起こるかどうかはこれらの比較例では判断できず、第3条件(1)又は第3条件(ⅰ)と第1、第2条件との関連は明らかにはされているとはいえない。結局、本願発明1及び本願発明2は、ともに、第1、第2条件の組合せによって伝送損失低減をもたらした点にその技術的意義ないし特徴を有するものといわざるを得ない。
他方、第1引用例に関しては、そもそも、芯と鞘(場合により保護材)とから構成され、芯と鞘との境界面で光を反射させながら光を搬送する機能を有する光ファイバにおいて、光伝送損失の低減を図ることは、そのような記載の有無にかかわらず、常に考慮すべき周知の課題というべきところ、第1引用例の「本発明は、・・・低光伝送損失であるプラスチック光ファイバを製造することのできる方法を提供する」(甲第5号証2頁右上欄16行~左下欄2行)との記載により、そこに記載された発明が光伝送損失の低減を課題としていることは明らかであり、さらに、「保護層3及び被覆層4等を構成する有機重合体は、本発明により改善することを目的としている特性のほか、プラスチック光ファイバの諸特性を改善することを企図して、所望により任意に選択することができる。」(同号証4頁右上欄1~5行)との記載からみて、保護層を有する態様についても、同様に光伝送損失の低減を課題としていることが示唆されている。
そして、第1引用例には、「ファイバ特性評価方法」として、「耐熱性」に関し、「弗化ビニリデン(メルトフローレート20g/10分)をコア・クラッドに被覆したファイバを115℃、500時間加熱した後の光伝送損失の増加量(dB/km)。」(同号証5頁左下欄3~6行)と記載されたうえ、第1表に及び第2表に、実施例1~8につき耐熱性の値が示されているから、実施例1~8は、メルトフローレート値(MFR)すなわちM.Iを同一(20g/10分)とする樹脂を保護層とする、芯層(コア)-鞘層(クラッド)-保護層の三層構造からなる光ファイバであって、各光ファイバの115℃、500時間加熱の前後の伝送損失が測定されていることが、上記の記載上明らかである。しかるところ、実施例1~8につき、各層のM.Iを、本願発明1及び本願発明2の第1、第2条件に係る各条件式に当てはめると、実施例1~5、8が、第1条件及び第2条件のいずれをも満たしているものである。
そうすると、第1引用例には、第2条件についての直接的な記載はないものの、その実施例1の光ファイバは、第1、第2条件を満たす素材を使用しているのであるから、本願発明1及び本願発明2における第1条件、第2条件を満たす場合の上記の効果は、記載の有無にかかわらず、第1引用例の実施例1の光ファイバでも生じているはずであり、伝送損失の低減したものが得られているのである(なお、審決は、効果の最も大きい実施例1について認定しているが、実施例2~5、8についても、上記のとおり同様である。)。
なお、第1引用例の「〔MFR〕2が〔MFR1〕の値未満であると、ノズル内でのポリマーの流れが乱れ易くなり、芯と鞘の界面不整、即ち構造不整による光伝送損失が増加するので好ましくない。」(甲第5号証4頁左上欄8~11行。ただし、〔MFR〕2は、鞘層重合体のメルトフローレート値(すなわちM.I)であり、〔MFR1〕は〔MFR〕1の誤記であって、芯層重合体のメルトフローレート値(すなわちM.I)である。同号証1頁特許請求の範囲)との記載は、プラスチック光ファイバにおいて、外側の重合体層のM.Iが内側の重合体層のM.I未満であると、光伝送損失が増加することを示唆しており、これに加えて、保護層の形成の仕方によって、光ファイバの光伝送損失を低下させたり、上昇させたりすることが、本願出願当時、既に当業者に広く認識されていたから、当業者であれば、保護層重合体のM.Iが鞘層重合体のM.I未満であると、光伝送損失が増加することに容易に想到し得るものである。
以上のとおりであるから、原告の主張は失当であり、審決がした本願発明1及び本願発明2と第1引用例記載の発明との一致点の認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
(1) 本願発明1について
原告は、第1引用例に開示された光ファイバの保護層が、光ファイバの耐熱性の向上を目的とするものであり、これを極端に薄くすることはその目的に反するものであるから、当業者が、第1引用例に記載された保護層の厚み144μmを10μm以下とすることはあり得ないと主張する。しかしながら、第1引用例の「保護層3及び被覆層4等を構成する有機重合体は、本発明により改善することを目的としている特性のほか、プラスチック光ファイバの諸特性を改善することを企図して、所望により任意に選択することができる。例えば、光ファイバの耐熱性、耐熱収縮性、機械的特性を改善する目的で保護層3を、熱変形温度100℃以上の有機重合体で構成することができる。」(甲第5号証4頁右上欄1~9行)との記載から見て、当該保護層の厚みは、耐熱性のみならず、耐熱収縮性、機械的特性の向上をも目的として、採用されたものであり、その厚みが耐熱性の向上と密接に関係することは記載されていない。のみならず、これらの特性が他の手段によって担保できる状況、例えば、他にカバーがある場合などでは、保護層の厚みを必ず144μmにしなければならない必然性はなく、厚みを最小限度に薄くすることは可能である。したがって、原告の該主張は失当である。
また、原告は、第1引用例記載の発明と周知例1~5の記載とを組み合わせて本願発明1を容易に推考することはできないと主張するが、審決が周知例1~5を引用したのは、保護層の厚みを様々に設計した各周知例の具体的数値を示すことにより(因みに、周知例3には光ファイバの保護層の厚みを10μmとすることも記載されている)、「一般に、保護層の厚みをどの程度の値とするかは、保護層の材料等によって、当業者が適宜決定できる設計的な手段に過ぎ」(審決書7頁9~12行)ないことを明らかにするためである。そして、周知例1~5のほか、特開昭61-65209号公報(保護層の厚み90μm)、特開昭61-169805号公報(同8μm)、特開昭61-252507号公報(同10~100μm)、特開昭59-116702号公報(同10μm以下)、特開昭61-251807号公報(同3~500μm)、特開昭61-217009号公報(同250μm以下)、特開昭58-18608号公報(同50μm)、特開昭61-223707号公報(同2μm)、特開昭61-6604号公報(同250μm)、特開昭60-260005号公報(同117μm)、特開昭60-260004号公報(同250μm)、特開昭60-32004号公報(同1~30μm)、特開昭59-202403号公報(同250μm)、特開昭58-93003号公報(同50μm)には、各括弧書きの厚みの保護層がそれぞれ開示されており、10μm以下値も特別なものではなく、審決の上記判断に誤りはない。
原告は、さらに、本願明細書記載の実施例1(保護厚み5μm)と、比較例7(同15μm)との間に、光伝送損失の明らかな低下が見られるから、第3条件(1)に臨界的な意義が認められると主張するが、保護厚み5μmと15μmのそのような比較によって、第3条件(1)(保護層の厚みを10μm以下とすること)の臨界的意義が認められたといい得ないことは明らかであるから、審決が、保護層の厚みを10μm以下にすることに格別の臨界的な意義が認められないとした判断にも誤りはない。
しかるところ、本願発明1が、第1、第2条件の組合せによって伝送損失低減をもたらした点に、その技術的意義ないし特徴を有するものであることは上記のとおりであり、審決は、本願発明1の構成の技術的意義についてのこのような理解に基づき、第1引用例に記載された第1、第2条件を備える光ファイバに、第3条件(1)を付加することが当業者にとって容易であるか否かを検討して、本願発明の進歩性の判断をしたものである。
しかして、このような判断手法は従前から行われているものであり、本願発明1について適切なものである。また、このような手法に基づく審決の相違点(1)についての判断にも、上記のとおり誤りはない。
(2) 本願発明2について
審決が、相違点(ⅰ)についての判断に当たって、周知例2~5を引用したのは、鞘層の厚みと保護層の厚みとの比を様々に設計した各周知例の具体的数値を示すことにより、「一般に、鞘層の厚みと保護層の厚みとの比をどの程度の値とするかは、鞘層や保護層の材料等によって、当業者が適宜決定できる設計的な手段に過ぎ」(同8頁14~17行)ないことを明らかにするためである。因みに、特開昭61-169805号公報及び特開昭59-116702号公報には、鞘層の厚みと保護層の厚みとの比が1:1~1:2の範囲内である光ファイバが記載されており、当該比が1:1~1:2の範囲内であることも特別なものではなく、審決の上記判断に誤りはない。
本願発明2は、本願発明1の第3条件(1)を第3条件(ⅰ)に置き換えたものであり、上記の点のほか、相違点(ⅰ)についての判断に誤りがないことは、上記(1)の相違点(1)についての判断に誤りがないことと全く同様である。
第5当裁判所の判断
最初に、本願発明1について判断する。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 第1引用例記載の発明において、芯形成用重合体のM.Iと鞘形成用重合体のM.Iとの比が第1条件を充足すること、第1引用例の実施例1における鞘形成用重合体のM.Iと保護層形成用重合体のM.Iとの比が第2条件を充足することは当事者間に争いがない。
しかるところ、本願明細書には、「本発明のオールプラスチック光ファイバは従来開発されてきたプラスチック光ファイバに比べ構造不整を著しく低減し得ており、光伝送特性が更に改良されたものとなっている。芯の溶融粘度に対し鞘の溶融粘度を式(1)(注、第1条件に係る条件式)を満足するようにしたことに加えさらにその外層に形成する保護層を鞘の溶融粘度に対し保護材の溶融粘度を式(2)(注、第2条件に係る条件式)の関係を満足せしめることによりその目的を達成させたものである。保護材の溶融粘度を鞘に対して式(1)(注、「式(2)」の誤記と認められる。)を満足するように低くすることにより複合溶融ノズル内壁面から鞘材/保護材界面までの溶融賦形時における重合体流速勾配を大きくし、鞘材/保護材界面での溶融重合体流速を一致させることが容易となるため、鞘-保護材界面での構造不整を低減せしめたものとすることができるのである。保護材が流速を持っているため芯-鞘界面でのポリマー流速差は大きく低減されそれにより界面不完全が大幅に低減されるものと考えられる。・・・構造不整を著しく低減し得ているため、その光伝送特性が一層改良されたものとなっている。」(甲第2号証8頁7行~9頁9行)との記載があり、前示第1引用例記載の実施例1は、その構成上、芯形成用重合体のM.Iと鞘形成用重合体のM.Iとの比が第1条件を充足するのみならず、鞘形成用重合体のM.Iと保護層形成用重合体のM.Iとの比が第2条件を充足するのであるから、第1引用例には、前示本願明細書に記載された発明と同様、「構造不整を著しく低減し得ているため、その光伝送特性が一層改良されたものとなっている」プラスチック光ファイバの発明が記載されているものと認めることができる。
そうすると、本願発明1と第1引用例記載の発明とを対比する際に、両者が第1条件を満足する重合体で構成されている点のみならず、第2条件を満足する重合体で構成されている点も含めて、一致点として認定することは、当然のことであるといわざるを得ない。
(2) 原告は、本願発明1において、第1条件、第2条件及び第3条件(1)がすべて充足される場合に、初めて伝送損失の低減したものが得られると主張するが、本願明細書には、前示のとおり、第1、第2条件が充足されることにより、構造不整を著しく低減し、光伝送特性が一層改良されることが記載されている反面、本願明細書(甲第2~4号証)上、第3条件(1)については、各実施例が同条件の範囲内にあること、及び保護層の厚みを同条件の範囲外とした以外は実施例と同じ比較例よりも、該実施例の方が伝送特性がよいことが示されているものの、第3条件(1)が光伝送損失の低減に繋がる技術的意義を有する旨の記載はなく、前示実施例及び比較例の記載のみによって、この点が直ちに首肯されるものでもない。そうすると、原告の該主張は、本願明細書の記載に基づかないものであって、採用することができない。
なお、この点に関して、原告は、審決の発明の要旨の認定や判断に照らして、審決が、本願発明1について、第1、第2条件のみの組合せによって伝送損失低減をもたらしたというような理解に拠っているものでないとか、発明の構成が示されていれば、発明者の主観的な認識である技術的意義や目的が明確に記載されていなくても、発明としては完成し、特許性の判断に際し、発明の構成についての判断が左右されることはない等と主張するが、審決が、本願発明の要旨を本願明細書記載の特許請求の範囲と同一文言によって認定したからといって、当該発明の要旨によって規定される各構成についての技術的意義を、本願明細書の記載に基づかないで主張し得ることにはなり得ず、また、発明の構成が示されていれば、その各構成の技術的意義や目的が示されていなくても、発明として完成していること自体はそのとおりであるとしても、そのことと、当該完成した発明の特許性の判断に当たって、その各構成についての技術的意義を認定する必要がある場合に、明細書の記載に基づいてその認定をすべきこととは別問題であるから、原告の該主張も失当である。
(3) また、原告は、第1引用例には、第2条件の技術的意義の開示も示唆もなく、第2条件が技術的意義を有するものとして記載されておらず、第2条件を充足する実施例があることは、単なる偶然であって、第1引用例に第2条件が記載されていると見ることはできないと主張する。そして、第1引用例に、第2条件についての直接的な記載がないことは、被告も認めるところである。
しかしながら、そもそも、発明の進歩性の判断のため、当該発明と公知文献に記載された発明とが一致する限度(一致点)を認定するに当たって、両者に、特定の構成上の一致点が認められる場合であっても、当該発明におけるその一致点に係る構成の技術的意義と同内容の技術的意義について該公知文献に記載されていなければ、両者がその点で一致すると認められないというものではない。
のみならず、第1引用例に「前記コア成分、クラッド成分に加え、保護成分としてポリ弗化ビニリデン(・・・メルトフローレート20g/10分)を用い、同様に3成分複合紡糸して、芯材層径700μm、鞘材層径(注、「厚み」の誤記と認められる。)6μm、保護層厚み144μmのプラスチック光ファイバ心線を得た。」(審決書4頁8~14行)との記載があることは当事者間に争いがないところ、第1引用例(甲第5号証)には、さらに、該記載(同号証5頁右上欄5~10行)が「実施例1」に関するものであり、実施例1についての「耐熱性」に関する「ファイバ特性評価方法」が、「弗化ビニリデン(メルトフローレート20g/10分)をコア・クラッドに被覆したファイバを115℃、500時間加熱した後の光伝送損失の増加量(dB/km)。」(同号証5頁左下欄3~6行)であることの記載があるほか、実施例2~4として、「紡糸温度又は鞘成分の組成を第1表に示したとおりに変えた以外は、実施例1と同じプラスチック光ファイバを得た。これらのファイバの特性を実施例1と同じ方法で評価し、結果を第1表に示した。」(同欄8~12行)との、実施例5~8として、「鞘材層重合体として用いた共重合体のメルトフローレートを第2表に示したとおりに変えた以外は実施例2(紡糸温度220℃)と同じプラスチック光ファイバを得た。これらのファイバの特性を実施例2と同じ方法で評価し、結果を第2表に示した。」(同号証6頁左上欄2~7行)との各記載があり、かつ、第1表(同5頁右下欄)及び第2表(同6頁左上欄)に、実施例1~8につき耐熱性の値が示されている。これらの記載によれば、第1引用例には、実施例1のみならず、実施例2~8においても、メルトフローレート値(MFR)、すなわちM.Iが20g/10分である弗化ビニリデンを保護層とする、芯層(コア)-鞘層(クラッド)-保護層の三層構造からなる光ファイバが記載されており、第1、第2表に基づいて、各実施例の各層重合体のM.Iを、本願発明1の第1、第2条件に係る各条件式に当てはめると、実施例1のほか、実施例2~5、8における各三層構造の光ファイバも、第1、第2条件を満たしていることが認められる。
そして、第1引用例(甲第5号証)の特許出願と、発明者(【F】外5名)及び出願人(原告)を同じくし、かつ、その特許出願の2週間後に特許出願されたプラスチック光ファイバの発明に係る特開昭61-252507号公報(乙第5号証)には、従来技術に関し「芯-鞘-保護層の3層を溶融複合紡糸により一体に賦形する場合、各層構成材料の流動性を最適化しないと、賦形されるファイバに糸班等の構造欠陥を生じ、光伝送特性に悪影響を及ぼしたり・・・といった問題点を生じた。」(同号証2頁右上欄14~19行)との記載があり、さらに「本発明のプラスチック光ファイバにおいては、保護層ポリカーボネートのメルトフローレート〔MFR〕3が、〔MFR〕2と同じかあるいはより大きいことが必要である。即ち〔MFR〕2>〔MFR〕3であると、ノズル内のポリマーの流れが乱れ、糸斑に著しく悪影響を与えるので好ましくない。」(同号証4頁右下欄1~6行、なお〔MFR〕2は、鞘材層重合体のメルトフローレート値、すなわちM.Iである。同号証1頁特許請求の範囲)との記載があるところ、この各記載を併せ考えれば、前示第1引用例の特許出願(昭和60年4月18日)当時、芯層-鞘層-保護層の三層構造からなるプラスチック光ファイバにおいて、各層構成材料の流動性の相対関係が光伝送特性に影響を与えることが既に当業者に知られており、第1引用例には、明示の記載がないものの、前示のとおり、その実施例1~5、8の各三層構造の光ファイバが第2条件を満たしていることは、かかる知見を前提とするものと推認することができ、また、少なくとも、本願出願(平成2年6月20日)当時において、当業者は、第1引用例の実施例1~5、8の各三層構造の光ファイバが第2条件を満たしていることによる、光伝送特性上の技術的意義を理解し得るものというべきである。【F】の陳述記載(甲第11号証)中、前示認定に齟齬する部分は、前掲特開昭61-252507号公報(乙第5号証)の記載に照らして、措信することができない。
よって、第1引用例に第2条件が記載されていると見ることはできないとの原告の前示主張も採用し難い。
(4) したがって、審決の本願発明1と第1引用例記載の発明との一致点の認定に、原告主張の誤りはない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
(1) 周知例1~5に、それぞれ審決が掲記した厚みのある保護層を有する光ファイバが記載されていることは、当事者間に争いがない。また、特開昭61-65209号公報(乙第3号証)には、保護層の厚み90μm(同号証5頁左下欄末行)の3層構造の光プラスチック系光伝送性繊維が、特開昭61-169805号公報(乙第4号証)には、保護層の厚み8μm(同号証5頁左下欄5行)のプラスチック光ファイバが、特開昭61-252507号公報(乙第5号証)には、保護層厚みが10~250μm(同号証1頁特許請求の範囲請求項2)である3層構造のプラスチック光ファイバが、特開昭59-116702号公報(乙第6号証)には、最外被覆層厚さ8μm(同号証5頁右下欄11行)である3層構造の光伝送性繊維が、特開昭61-251807号公報(乙第7号証)には、第1次被覆層(中心層から数えて第3層目)厚み3~500μm(同号証6頁右上欄9行)である4層構造のプラスチック光ファイバが、特開昭61-217009号公報(乙第8号証)には、保護層(中心層から数えて第3層目)厚みが250μm以下(同号証1頁特許請求の範囲)である5層構造のプラスチック光ファイバが、特開昭58-18608号公報(乙第9号証)には、最外被覆層厚さが50μm(同号証5頁右上欄19~20行)である3層構造の光伝送性繊維が、特開昭61-223707号公報(乙10第号証)には、保護層厚みが2μm又は5μm(同号証5頁左上欄12~13行)である3層構造のプラスチック光ファイバが、特開昭61-6604号公報(乙第12号証)には、保護層厚みが250μm(同号証5頁右下欄18~19行)である3層構造のプラスチック系光伝送性繊維が、特開昭60-260005号公報(乙第13号証)には、保護層厚みが117μm(同号証5頁左上欄19行)である3層構造の光伝送性繊維が、特開昭60-260004号公報(乙第14号証)には、保護層厚さが250μm(同号証4頁右下欄8行)である3層構造のプラスチック系光伝送性繊維が、特開昭59-202403号公報(乙第16号証)には、最外被覆層厚さが250μm(同号証6頁左上欄9~10行)である3層構造の光伝送性繊維が、特開昭58-93003号公報(乙第17号証)には、保護層厚さが50μm(同号証6頁左上欄11行)である3層構造の光伝送性繊維が、それぞれ記載されており、さらに、前掲特開昭59-116702号公報(乙第6号証)には、3層構造の光伝送性繊維の各層の「構成比厚さ及び太さは光伝送性繊維の使用目的に応じて自由に設定され」(同号証5頁左上欄6~8行)との記載があり、特開昭60-32004号公報(乙第15号証)には、3層構造のプラスチック系光伝送性繊維の発明において、「本発明の光伝送性繊維の保護層の厚さは、1~30μmの非常に薄い保護層であっても本発明の目的とする耐熱性の向上効果は充分に発揮される」(同号証3頁右下欄2~5行)との記載がある。
これらの記載によれば、プラスチック光ファイバの保護層(中心層から数えて第3層目)の厚みは、1μmから500μmまで千差万別であり、10μm以下のものも多くあることが周知の事項であり、かつ、その厚みは、結局、使用目的等に応じて当業者が適宜決定できるものであることが認められる。
したがって、審決が、「一般に、保護層の厚みをどの程度の値とするかは、保護層の材料等によって、当業者が適宜決定できる設計的な手段に過ぎ」(同7頁9~12行)ないとしたことに誤りはない。
なお、原告は、第1引用例記載の発明と周知例1~5の記載とを組み合わせることにより、本願発明1を容易に推考することはできないと主張するが、審決が、周知例1~5を引用した趣旨が、前示判断のために、保護層の厚みを様々に設計した具体例を示した点にあり、第1引用例記載の発明に、周知例1~5の記載に係る保護層の厚みを直接適用したものでないことは明らかである。
(2) また、本願明細書に記載された実施例1及び比較例7、8に係る保護厚みと伝送損失との関係が審決の認定したとおりであることは当事者間に争いがないところ、この実施例1及び比較例7、8についての記載を含め、本願明細書(甲第2~4号証)の記載上、本願発明1につき、第3条件(1)に係る限界値である保護層厚み10μmの前後において、保護層厚みの僅かな変化に応じて、伝送特性に急激な変化があるようなことを窺うことは全くできず、そうすると、審決が、「保護層の厚みを『10μm以下』にすることに格別の臨界的な意義が在るとは認め難い。」としたことにも誤りはない。
(3) 原告は、第1引用例に開示された光ファイバの保護層が耐熱性の向上を目的とするものであり、光ファイバの耐熱性に、保護層を形成する耐熱性樹脂である弗化ビニリデンの厚みが密接に関係することは技術常識であるから、当業者が、弗化ビニリデンの厚みを第1引用例に記載された144μmから10μm以下とすることはあり得ないと主張するが、仮に、保護層形成樹脂の厚みと耐熱性が関連するとしても、前示(1)で認定したとおり、保護層の厚みは使用目的に応じて適宜決められるのであり、かつ、耐熱性を目的とした場合でも保護層厚みが1~30μmである公知例が存在するのであるから、当業者が、第1引用例に開示された光ファイバの保護層を10μm以下とすることはあり得ないと断定することはできない。
また、原告は、本願発明1が、第1条件、第2条件及び第3条件(1)を併有することに、光伝送損失の低減の技術的意義を有するものであるとし、これを前提として、周知例1~5の記載には、第2条件及び第3条件(1)を併せ有することに対する契機ないし動機付けが存在しないとか、審決が、第3条件(1)のみを、第1条件及び第2条件と切り離し、独立して判断している手法自体が誤りである等と主張する。しかしながら、本願明細書に、第1、第2条件が充足されることにより、構造不整を著しく低減し、光伝送特性が一層改良されることが記載されている反面、第3条件(1)が光伝送損失の低減に繋がる技術的意義を有する旨の記載がないことは、前示のとおりであるから、原告の該主張は、明細書の記載に基づかない事実を前提とするものであって、その前提自体が失当といわざるを得ない。
なお、このように、第3条件(1)が第1条件、第2条件との組合せにおいて技術的意義を有するとはいえないものとすれば、審決が、本願発明1と第1引用例記載の発明との相違点(1)に対し、保護層の厚みをどの程度の値とするかは、当業者が適宜決定できる設計的な手段であることを挙げて、該相違点につき、進歩性を否定する判断としたことに、判断手法の誤りがあるということもできない。
(4) したがって、審決の本願発明1と第1引用例記載の発明との相違点(1)についての判断に、原告主張の誤りはない。
3 以上によれば、本願発明1について、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決の本願発明1に関する認定判断に、これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
そうすると、原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 長沢幸男)